あなたは敵を愛せますか?

アントニオ増島 忠弘

あなたはあなたをいじめたり、無視したり、軽蔑したり、攻撃したりする人を愛せますか?聖書のなかでイエス様は「あなたの敵を愛しなさい」と言われています。これは非常にきびしいし難しいことです。私は幼児洗礼で、子供の頃からカトリック教会に行っていましたが、この点については、今までの長い間「これは、難しいことだ。人には出来ないことだ。イエス様が私たちに示された究極の指標なんだ。この究極の指標に向かってわたしたちは努力しよう。わたしにはなかなか出来ないことだけれど・・・」と思っていました。

しかし、最近ある人より「闇に輝くともしびを継いで:スティーブン・メティカフ著:いのちのことば社刊」を奨められて、この出来ないことが出来そうな気配、いや出来ると思えるようになりました。

この本の中に、このような箇所がありました。著者が子供のころ、教会学校の中で、ちょうどこの「汝の敵を愛せよ」という箇所を学んでいた時、子供たち皆が「敵を愛せるはずがない。これは単なる理想だ」という結論に傾いたそうです。そこで指導牧師のリデル師(映画「炎のランナー」の主人公)が以下のように説明してくれたそうです。

「ぼくもそう思うところだったんだ。だけどこのことばには続きがあることに気づいたんだよ。『迫害する者のために祈りなさい』という続きがね。・・・祈るとき、君たちは神中心の人間になれる。・・・祈りは君たちの姿勢を変えるんだ」

 またこのようなことも書かれている。「神よ、彼らをお赦し下さい。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。彼らも神様のもとに立ち返らせてください」と祈ることは出来るのであると。そしてこれは聖書にも書いてある通り、まさしくイエス様が十字架に磔になった時の神様に向かって祈った祈りなのである。

 わたしはどちらかというと敵は少ないほうではないかと思います。それでもやはり、嫌いな人や赦せない人は数人だが存在します。試しに、わたしに陰湿ないじめをしていた人のことを祈ってみました。「神様は彼も愛しています。わたしが悪かったのかもしれません。また彼も悪かったのかもしれません。どうかわたしたちをお許しください」こうやって祈っていると、自然と今まで心の奥底にあった憎しみが消え、心が開放されます。すーとするのです。これは彼を赦さねばならないという義務感ではありません。神様中心の愛の芽生えなのではないかと思います。自然とその人を赦せる心になるのです。

 そしてもう一つ、このように祈れるようになってから、思い出したことがあります。

それは1987年のイラン・イラク戦争の頃、原油タンカーに乗船し、戦火のペルシャ湾に行っていた時のことです。ペルシャ湾の入り口のホルムズ海峡を抜け、イラン沿岸を航行していた時でした。ちょうど昼食を食べ終わった頃、同じくペルシャ湾内に向け航行していた本船のすぐ後ろ3マイル(約6km)のギリシャ籍のタンカーがイランのミサイルボートの攻撃を受け爆発炎上したことです。ミサイルを次々打ち込まれ、その船は「助けて!」と無線電話で必死の声を上げていましたが、わたしたちの船も丸腰で、何をしてあげることも出来ず、ただただ全速力で航行するしかありませんでした。そして、この時、10分くらいギリシャのタンカーへの攻撃が続き、その後、数隻のミサイルボートが本船に向かって来たのです。これらのボートは本船に伴走するごとくついて来て、ミサイルの銃口をこちらに向けました。この時わたしが思ったことは「ああ、これでわたしたちもやられるな。かれらはこの戦争の中で、人殺しを何とも思っていない。

ある意味では楽しんでいるとすら受け取れる。戦争のせいで気違いになってしまっている。彼らは何をやっているのか、わからないのだ。可哀想な人たちだ」という想いでした。不思議と彼らに対する憎しみや敵対心は起りませんでした。この「彼らは何をやっているのかわからないのだ」という想いは、まさしくキリストが十字架上で父である神様に祈ったものと同じだということがわかったのです。わたしがこのように想えたのは、

本船が丸腰で抵抗することが出来ない弱い存在だったことが、起因していると思います。

自身がへりくだって、弱くなれるとき、そこに神様の愛が働いて、人は心を開放され、平安を得ることができると思いました。幸いその10分後、このミサイルボートはくるりと向きを変え、帰って行ったため、本船は攻撃をまぬがれました。

 これらのことを考えるにつけ、「汝の敵を愛さねばならない」のではなくて、祈ることによって「汝の敵を愛すことができてしまう」としみじみと想うようになりました。

皆さんもやってみませんか?祈ることで、そこから愛が生まれるという、神様の深い働きを実感することを。

 

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